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KakeraBankPress|VOL.4

「永野恵理」さん NPO法人フリー・ザ・チルドレンジャパン理事(国際協力) 他

カケラバンク:僕達が今、最も興味を持っている方に取材をするこのコーナー。3回目のゲストは、東京葛西発の『ママの笑顔をプロデュースする』ママ達による団体「ローズマリア」の代表「永野恵理」さんです。3児の母親として様々な問題に取り組まれている中で感じる、「家族」の新しいあり方について伺いました。

 

─幹也:初めて恵理さんに出会ったのが去年のクリスマスのライブでしたね。

─永野さん:たまたまライブ会場を通りかかって「家族写真」と「NoNoNo」に涙し、CDを買ったのがきっかけでしたね。

─幹也:物販コーナーで深い話を初対面にも関わらず長々として、その日に「必ず来年一緒に何かをしましょう」と言い合って、まずはこういった形で関わりを持つ事が出来て本当に嬉しいです。では「ローズマリア」という団体を立ち上げた経緯から教えてください。

─永野さん:私は小さい頃から本を読むのが好きでしたがある日、本屋も文化施設も無い新興住宅地に引越し、「子どもの意見を聞いて貰えない」事に、何か世の中おかしいぞって感じました。そんな気持ちを抱いて6~15才までをやりすごし、バイトもバイク通学もOKで就職率の高い国立高専に合格したのが最初の成功体験でした。17才の時に、新聞でふと見つけたチャイルドスポンサーになって、中米ホンデュラスの子どもにバイト代で毎月5000円を支援し始めました。19才で休学しワーキングホリデーでオーストラリアに行き、7ヵ月後ホンデュラスへも行きました。「偽善」に悩む私を12才のマービン君は「マミー」とハグして迎え、お父さんは「学校に黒板が入り、村の井戸も出来たよ。」とプロジェクトを説明してくれ、お母さんは食事をふるまってくれました。支援される側という負い目も無く、対等な人間として心から歓迎して貰えました。そして長男が3才になった2002年頃から国際協力NGOで児童労働を無くすボランティア活動を始め、その経験から2008年5月「ローズマリア」を立ち上げました。

─幹也:海外に目を向けてたのが、どうして日本に向いたんですか?

─永野さん:長男出産後デザイナーとなり広告やグッズ制作の会社で働き、2006年長女出産を機に独立しました。自宅を事務所として地域で暮らして気付いたんです。育児の為の機会提供は沢山あるけど、母親自身が「自分として光る場」が無いって。出産・育児はシステム化しているのに「母親は子育てに専念すべし」という風潮だけがあります。不安と不満を抱えた母親に育てられる子どもは苦しいだろうなと思い、現代のコミュニティー(村)を創り始めました。

─弘:色んな面で先進国は先進していない部分があると僕も日頃思います。例えば自分探しすると言い訳して海外に「逃げる」若者等と同じで、アフリカ等元々関わりがあって継続してボランティアされてる方は否定しませんが、日本の総うつ病化や自殺者の増加等、沢山ある問題を無視して、世界で支援をしたいっていうのが何かしっくり来ないですよね。

─永野さん:私も「児童労働問題に取り組む前に、自分の子どもを良く見てあげなさい」って多くの方に言われました。でも、それだけやってると見えなくなる事もある。途上国支援の経験があったからママ達との活動も成功に向かえる。ゴールに向かっている仲間だからこそ、愚痴の言い合いではなく前向きな家庭の相談も出来る。

─幹也:代表をされてて何か大きな悩みはありますか?

─永野さん:女性が本気で社会参加する事の難しさですね。私たちもNPO的な活動ではなく、趣味的なサークルで同じ仲間で同じ事をずっとする事を行政や家族から求められます。でも「ローズマリア」ではプチ起業が出来るイベント、子連れで来れる「ママヨガ」、食を通して日本女性の智慧を深める「旬菜料理教室」等毎月の活動をママ達が赤ちゃん連れで話し合います。失敗して、その中で学び、お互いを支えあい、又進む事が出来る。日本の「教育」を「Change」したい。

─弘:話し合いで思い出しましたが、僕「ディベート」が凄い苦手だったんですよ。

─幹也:「ディベート」が苦手なんじゃなくて「ディベート」を「話し合い」って考えずに、「断定した自分の意見を通したモン勝ち」って考えてる人が苦手なんちゃう?俺もそういう人は苦手やなぁ。


永野さんいきつけのカレー屋さんで、お昼を食べながら対談がはじまった。

─永野さん:本来の「ディベート」は、より良い意見を導く為に「互いの立場を学ぶ」方法です。

─幹也:結成し始めた頃、ちゃんと話し合わなかったもんな俺ら。でも最近2人共自然と相手の立場になって語り合ってて、自分の意見じゃなく2人が心から「あっそれ是非やってみようか」って結論に達します。あの時のあの感覚が心地よくなって来ました。

─永野さん:でもそこに行き着くのは凄く大変!

─弘:そうなんです。幹也君とやるのは特に(笑)。

─永野さん:意見を通すのが目的じゃなくて「気付き合う」ことが大事。「コーチング」ではなく「ファシリテーション」を意識してます。「相手に意見を押し付ける」んじゃなくて「相手の意見を引き出していく」ことを私達も学びたいです。個性的であることに価値が高まり、多様化した現代ならではの手法かもしれません。

─幹也:僕はそういうコミュニティに、幼少期あまり属す機会がないまま閉じられた環境で育ちました。いわゆる「核家族」は、「多様な価値観」に触れるには人数が少な過ぎるのかもしれないですね。昔はおじいちゃん・おばあちゃん・おじさん・おばさん等が一緒に住んでいて、色んな意見がありましたから。今の子どもは僕もそうでしたが、親が作ってくれた世界とは全然違う社会に、高校か大学を卒業した時いきなり出ます。すると絶対的だった価値観が崩れ「ひきこもり」にも「ニート」にもなり易くなりますよね。

─永野さん:「甘えさす」と「甘やかす」の違いだと思います。これからは親が、意見を子どもに全面的に押しつけたり許すんじゃなく、子どもから意見を引き出し話し合う事が大事なんでしょうね。行き過ぎたら叱る事も親や社会の役目です。

─幹也:社会に出て特に思ったのが他人を認める事が難しかったです。

─永野さん:価値観を自分と一緒にしようとしないで、お互いの感性を尊重しながら話し合いをすればいいと思います。

─弘:でもそれって本当難しいですよね。幹也君を引き出すのに凄く時間かかりました。でもそう考えると幹也君の意見を引き出そうとしてる僕と幹也君はある意味「家族」ですね。

─幹也:そうかも。いつか弘に子どもが出来て、悪い事したら昔のおじさん的に俺は容赦なく怒るやろうし。

─弘:そっか。「家族」とはお互いを認め引き出し合える関係か。ありがとうございました。これからは僕達みたいな関係も「家族」って言うんだと今日は気付かせて貰いました。


場所を公園に移して対談。真剣に二人は耳を傾けていた。

永野恵理さん

1974年産まれ・千葉県出身。

フリーデザイナーとして12~1才までの3児の母。

NPO法人フリー・ザ・チルドレンジャパン理事(国際協力)/児童労働を無くすNGOエース会員/ローズマリア代表/マザーアース・フェスティバル代表(ママが主催、企業・NPOなど24ブース出展、2011年のテーマ:「コミュニティー」復興活動もスタートします。)

 

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