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KakeraBankPress|VOL.1

いままでのカケラバンク、 これからのカケラバンク

─ この度は一年ぶりの「いろは」開催おめでとうございます。

 

モトヤ:ありがとうございます!

ひろむ:ありがとうございます!

 

─ 今回は初の独占インタビューという事で、カケラバンクの全貌をお聞きし、お二人の「いろは」を読者に知って頂こうと思ってます。早速ですが、お二人の幼少時代の様子からお聞きしたいと思います。

 

モトヤ:小さい頃ですか。とにかくコンプレックスのかたまりでしたね。大人しくてよく泣いていたので親からもバカにされてました。小学校の高学年になるとブクブクと太り始めたりメガネをかけ始めたので、内気な男子でした。

ひろむ:僕は話す人によって性格が変わってしまうところがあるので、一概には言えませんが、目立ちたがり屋だったとは思います。実家の前が小学生の通学路だったんですが、小学校に入る前の僕は三輪車に乗りながら下校途中の小学生に向かって「なぁ、どこ行くん?」と話しかけていたそうです。時にやりすぎて、仇になることもありましたが、周りが受け入れてくれることが多かったのは、幸せなことやな、と思っています。

 

─ そんなお二人が、音楽にしっかりと取り組み始めたのはいつどういった形ですか?

 

モトヤ:大学の一回生の時、暇を持て余したので友達とバンドを組もうという話が上がり、バンドの中で一番カッコいいイメージのギターを練習し始めました。バンドの話は流れたので他の友達と大学の近くの奈良西大寺駅前で路上ライブを始めました。足と指と声を震わせながら二万円のギターで弦を切りながら必死に歌ってましたね。その後、就職活動等が始まり、相方とは離れ、僕は一人で地元京都駅前でオリジナルソング等を持って歌いました。引っ込み思案の自分を変えようと周りにいる路上ミュージシャンに話しかけたりしました。とにかく自分の事も家族の事も全てが好きになれなかったので、音楽を通して居場所を探してました。卒業後、プロ意識が芽生え、何十個とオーディションを受けました。落ちては受け、落ちては受けをくり返してた23歳の時、関西で開催された大会で、417組の中からグランプリを貰い、「あぁこれでプロになれるんだ」と喜びました。しかし、今考えればあの時は登山口みたいなもんだったなと思います。結局デビューの話も流れ、京都でライブハウスの店長をやり始めました。諦めようと何度も思いながらもプロになりたくて音楽に携わっていました。そんな悶々としてた時、当時の相方とひろむがその時のユニットでうちに出演し初対面を果たしたんです。

ひろむ:あの時はテンション上がったわ。「桜井君のメルアド知ってんで!」ってテンションMAXで話してたな〜(笑)。僕は大学生の頃、ボランティアサークルで知り合った友達とのカラオケ後「路上しようや!」と誘われて行ったのが音楽活動を始めたきっかけです。ギターを弾いたりタンバリンを叩いたりしていました。夜中スタートで朝帰るというスタイルで京都阪急百貨店の前で歌い続けていました。その後も正社員として働きながら、別の人と路上で歌い続けていました。いつだったか、対バンのアコースティクユニットのサポートにカホンを見て、当時の相方に「これええんとちゃう?」と促され、テンションあがった僕は即購入しました。その後、路上イベントも主催し、横のつながりを感じながら過ごしていました。が、結婚や、海外留学などの理由により、あえなく解散。詩集を出したり、パーカッションとしていろんなサポートをするようになっていきました。その辺りですね、モトヤ君と会ったのは。

 

─ そんな二人がユニットを組み始めた事を今振り返るとどう思いますか?

 

モトヤ:一人でいる事が苦にならない典型的なシンガーソングライターだったので、誰かと一緒にやるなんて気持ち悪くて、ついでもひろむの顔も好きな顔じゃなかったので気持ち悪かったです(笑)。

ひろむ:気持ち悪い、って誰がやねん!(笑)。でも気持ち悪いというよりは、居心地が悪い、に近いかな。ただライブでの居心地はすごい良かったんです。その時期、いろんな人と一緒にやってましたが、ライブの中で自分の″人となり″を一番出せる気がしていたのは、モトヤ君とのライブやったような気がしてます。正反対なはずなのに変ですよね。居心地悪いのに興味を持ったのはそこですかね。


2008年「Tokyo Band Summit2008」で優勝。翌2009年2月28日に香港にて行われた「Asian Beat Grand Final 2009」 (香港・Jockey Club Auditorium) に日本代表として出場した。

─ そうなんですね。不思議ですけど、素敵な関係ですね。そして二人でマンスリーワンマンライブをし始めて、初めて受けたオーディションで優勝されるんですよね?とても順調にうつるんですが?

 

モトヤ:毎月ワンマンをやり続けていく内に、お客さんが減り続けた時期が長く続いたので、二人で苦悩しっぱなしでした。当時のスタッフやライブハウスのオーナーとも色んな会議をしました。

その結果、毎月タイトルから催し物や衣装など全てを考え抜きました。体操服で歌った時もありますし、即興で唄を作ったり、映像を使ったり、色んな事をしました。ゆっくりと固定のお客さんが付き始

めてましたが、マンネリがずっと続いてた事で、現状打破のつもりでオーディションを受けようと関東に送りました。受かったという連絡を受けて、ひろむに伝えました。

ひろむ:オーディションを受けてた事も知らなかったので「はっ?」ってなりました。いついつ関東に受けに行くからスケジュール空けといてって言われて、サラリーマンやし無理やぁってなりました。でも、偶然退職届を出して、有給使い放題の時期でしたので、一緒に夜行バスで関東に行きました。オーディションは初めてやったんで新鮮でしたね。不戦勝とか、審査員がいるという変な緊張とか。

 

─ その後、すんなり上京に至ったんですか?

 

モトヤ:優勝しこの事務所で活動するんだなって漠然と思ってましたが、上京しない限り前進はないと思い、ひろむに「行く?」って聞きました。

ひろむ:オーディション中、モトヤ君には「優勝したら仕事辞めるわ。」と言っておきました。新しい職が軌道に乗りかけていた時期だったので迷いましたが、ふたつの未来を想像した時、テンションが違っていたので、即答でした。

 

─ 上京してからどうでした?

 

モトヤ:プライドがズタズタになりました。路上ライブからスタートし、まずは一人目のファンを作る事から始めたんですが、雨は降るわ、アンプは故障するわ、隣に爆音バンドが来るわ。

ひろむ:僕は楽しく叩いてました(笑)。上京してすぐにお客さんおるわけないのが普通ですから。と言い聞かせてもモトヤ君は聞きませんでしたね。それが原因で路上が終わった後、ケンカっぽくなったりもしましたね。

モトヤ:でも継続する事で嫌いだった路上も徐々に好きになって行きました。お茶をくれたおじさん、警察に一緒に怒られた女の子、その場で泣いてCDを買ってくれた女性。好きになったというか、好きな場所にして貰った。雨の日も寒い日も暑い日も路上に来てくれる人がいたり、立ち止まって聞いてくれる人がいるだけで、場所なんて関係なしにそこが好きになりました。

 

─ そんな中2008年「Tokyo Band Summit2008」で1000組弱の中、優勝をされますがこの事で又何か心境の変化はありましたか?

 

モトヤ:決勝の十数組の内アコースティックは僕らだけでした。リハーサルで明らかに畑違いの場所に来てしまったという印象でした。弁当コーナーにおにぎりが一個混じってるような。だから、本番が終わって、打ち上げはどの牛丼屋にするか相談するぐらい優勝のゆの字も意識してませんでした。

ひろむ:自分たち自身が完全ノーマークやったんですよ。だから優勝が発表された瞬間二人とも、5秒ほど夢遊病状態でしたね(笑)。

 

─ 登山口にいたモトヤさんはここで山頂に近付きましたか?

 

モトヤ:この歳になってようやく思えたんですが、「プロ」って、自分がなろうって思ってなるもんでもなれるもんでもなくて、「プロ」になって作品を提供して何か使命を社会的に果たして欲しい、そういう声が周りから高まった時、人は「プロ」になるんやと思い始めてます。神輿のように、担ぐ人がいて初めてワッショイ出来る訳で。だから、もう一合目とか山頂近いとかって事じゃないのかもしれないですね。ずっと人は自分だけの山頂に立っていて、誰と出会い思い出を作り、楽しんで音楽を通して自分や社会を見つめ成長するだけかなぁって。

 

─ 東京に来て三年目でそういった心境に至った二人が今、次回作の制作に向けてレコーディング中だと伺いましたが、今回はどんな作品になりそうですか?

 

モトヤ:「この世にいないトリ」「自分さがしの終わり方」この二作品で結局、ファンと「出会い」そして偶然じゃなく必然に思えるような「縁」だと感じ始め、「絆」になろうとしている事を表現しました。次はその「絆」を作りかけている皆さんに対する愛情表現する作品になると思ってます。

ひろむ:自分って何やろ?を徹底的に話し合ったのが前作だとすると、今回はその上で「どう生きていくか?僕らの存在意義は?」を考え始めたのが今作になる気がしています。自分の目だけでは、見えないものを気付かせてくれた人、このインタビューを読んでくれてる人のことですけど、そんな方々と関西で、上京して出会えたことが僕らを突き動かしてるんだと思います。最近、幸せがどこにあるのかっていうのが見えにくくなってますよね。不安がどうとか景気がどうとか…。そのためにはどうしたらいいんやろ?って話すんですけど、やっぱり感受性を豊かにしようとする努力かな、って思うんです。後は、「こうじゃないとダメ!」っていう固定概念を、ゆるめていくこと。幸い僕らは、自分の価値観以上のものに出会える場所がレコーディングやライブという場があったので、固定概念を簡単につぶすことができたんだと思ってます。夢中になれる場所にこそ、幸せがあるんやな。と後になって気づきます。やっぱり幸せは後になって出てくるもんやから、今夢中になれることに一生懸命でいたいですね。僕らはレコーディングの度に新しいことにチャレンジしてきましたし、これからもしていくと思うんですが、その経験を繰り返していくことで「自分が変わる」というより、自分がどんどんプラスされていくんだと思うんです。その経験を込めることになると思います。

 

─ では充実した日々を過ごされてるんですね?

 

モトヤ:とにかく未来の事を想像する時間より「今」を楽しむ事を意識し始めた今年始めから、「楽しく努力」する事と、「ポジティブなネガティブ」をする事を心がけています。

ひろむ:誰かから強制されるんじゃなくて、自分がもっと何々したいって内から湧き上がったものを大切にすることやな、と思うんです。悩む事、考える事、落ち込む事、それらは"ネガティブ=嫌な状態"だと言う人もいますが、その状態になるのは、前を向きたいからだと思うんです。だから。すごくネガティブな人は、考え方によってはすごくポジティブ=前向きなんじゃないかと。落ち込む日々が続いてますという人に「大丈夫ですよ。」って伝えたいですね。

 

─ いつもタイトルからジャケットから歌詞まで、楽しみにする部分が多いカケラバンクですが、今作品も色々と期待していますね。今日は長い時間お付き合い頂き有難うございました!

 

モトヤ:こちらこそありがとうございました!更に自分達の好みに近付いた音にご期待ください。

ひろむ:ありがとうございました!聞いてくれてる皆さんともそうなんですが、僕達二人の「絆」も三年目にして強くなり始めてるので、音の融合やハーモニーの進化にも注目して聞いて貰えたらって思います。


桜井君の熱のこもった話の中、伊藤君はなぜかお団子を食べながらのインタビューとなった。